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浦和地方裁判所 昭和56年(ワ)739号 判決

原告(反訴被告)

東部レトルトフーヅ株式会社

ほか一名

被告(反訴原告)

及川與郎

主文

一  原告(反訴被告)らと被告(反訴原告)との間において、昭和五四年五月二八日午後四時四五分ころ埼玉県入間郡鶴ケ島町五味ケ谷七番地五先路上において発生した交通事故に基づく原告(反訴被告)ら各自の被告(反訴原告)に対する損害賠償債務が金七四万三一一〇円及びこれに対する昭和五四年五月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を超えて存在しないことを確認する。

二  原告(反訴被告)らのその余の本訴請求をいずれも棄却する。

三  原告(反訴被告)らは各自被告(反訴原告)に対し金七四万三一一〇円及びこれに対する昭和五四年五月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告(反訴原告)のその余の反訴請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は本訴及び反訴を通じて全部を被告(反訴原告)の負担とする。

六  この判決の第三項は仮に執行することができる。

事実

第一申立て

一  原告(反訴被告。以下「原告」という。)らの本訴請求

1  原告らと被告(反訴原告。以下「被告」という。)との間において、主文第一項記載の交通事故に基づく原告ら各自の被告に対する損害賠償債務が金七〇万円及びこれに対する昭和五四年五月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を超えて存在しないことを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

二  本訴請求に対する被告の答弁

1  原告らの本訴請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

三  被告の反訴請求

1  原告らは各自被告に対し金二二七四万九一八一円及びこれに対する昭和五四年五月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

四  反訴請求に対する原告らの答弁

1  被告の反訴請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

第二主張

一  原告らの本訴請求の原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五四年五月二八日午後四時四五分ころ

(二) 場所 埼玉県入間郡鶴ケ島町五味ケ谷七番地五先道路上

(三) 加害車 普通貨物自動車(大宮四四ち三〇〇〇号)

(四) 加害車運転者 原告石津芳孝

(五) 加害車保有者兼原告石津使用者 原告東部レトルトフーヅ株式会社

(六) 被害者 被告

(七) 被害車 普通乗用自動車(埼五一に五四三八号)

(八) 事故状況 原告石津は、加害車を運転し、前方で信号待ちのため停止していた被告運転の被害車を認め、ブレーキを踏みながら直ぐにも停止するほどの遅い速度で進行したところ、不注意により加害車の前部を被害車の後部に衝突させた。

2  被告の受傷の程度及び治療経過

(一) 被告は、事故により腰部挫傷の傷害を負い、初期は腰部挫傷の病名で、その後は外傷性上腕坐骨神経痛の病名で、昭和五四年五月二八日に坂戸中央病院で、同月二九日から昭和五五年一月七日まで二二四日間(内実治療日数一七一日)は関口医院で、同月七日からはさきたま病院でそれぞれ通院しながら治療を受けた。

(二) 被告の傷害は、昭和五五年三月三一日に、他覚症状が存在せず、しびれ感の自覚症状が残存するだけで、症状固定したが、被告は、その後も通院を続けている。

3  被告の損害

(一) 被告が事故によつて被つた損害は次のとおりであり、その総額は四九一万三九二九円である。

(1) 治療費 一〇四万六六〇〇円

(2) 休業補償費 三一四万二二六九円

(3) 慰謝料 七〇万円

(4) 交通費その他 二万五〇六〇円

(二) 原告らは、被告に対し、治療費その他の損害の賠償として、既に総額四二一万三九二九円を支払つた。

(三) したがつて、被告の損害の残額は、七〇万円及びこれに対する事故発生日の昭和五四年五月二八日から完済に至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金にとどまるものである。

4  確認の必要性

ところが、被告は、原告らに対し、いまだ治療を継続中であるとして、完治するまでの治療費、休業補償費等の賠償を請求している。

5  そこで、原告らは、被告に対し、事故による原告ら各自の損害賠償債務が七〇万円及びこれに対する昭和五四年五月二八日から完済に至るまでの年五分の割合による金員を超えて存在しないことの確認を求める。

二  本訴請求の原因に対する被告の答弁

1  1の(一)ないし(七)の各事実を認める。(八)のうち加害車の速度の点を除き、その余の事実を認める。原告石津は、加害車を運転し、前方で信号待ちのため停止していた被告運転の被害車を認め、ブレーキを掛けようとしたが、ブレーキペタルの下方に原告石津の飲んだコカコーラの空缶が転がり込んだため、ブレーキが効かず、加害車の前部を被害車の後部に衝突させた。

2  2の(一)の事実を認め、(二)の事実を否認する。なお、被告が通院を続けている事実は、これを認める。

3  3の(一)の事実を否認し、(二)のうち被告が三一六万二三二九円の支払を受けた事実を認め、その余の事実を否認し、(三)の事実を否認する。

4  4の事実を認める。

三  被告の反訴請求の原因

1  事故の発生

前記一の1の(一)ないし(七)及び二の1のとおりである。

2  責任原因

(一) 原告石津には、前記事故状況のとおり事故の発生について過失があつた。

(二) 原告会社は、加害車の保有者であり、原告石津の使用者であつた。

3  被告の治療経過

(一) 昭和五四年五月二八日(通院)

坂戸中央病院、初診治療

(二) 同年五月二九日から昭和五五年一月七日まで(通院)

関口医院、二二四日中一七一日実治療

(三) 同年一月七日から同年一〇月二七日まで(通院)

さきたま病院

(四) 同年一〇月二八日から同年一二月一三日まで(通院又は入院)

上尾中央総合病院、大宮医師会病院

(五) 同年一二月一七日から昭和五六年八月二〇日まで(通院)上尾中央総合病院、二四九日中一六五日実治療

(六) 同年八月二四日から昭和五七年五月一九日まで(通院)上尾中央総合病院

4  被告の損害

(一) 休業補償費

被告は、教材の販売業をしている者であり、一セツト七二〇〇円の歩合給で教材を販売して、事故前三箇月に次のとおり収入を得た。

昭和五四年三月分 五二セツト 三八万四四〇〇円

同年四月分 三九セツト 二九万〇八〇〇円

同年五月分 四五セツト 三三万四〇〇〇円

したがつて、その平均額は、一箇月当たり三三万六四〇〇円(一〇〇万九二〇〇円を三で除したもの)となり、一日当たり一万三四六〇円(一箇月に二五日稼働)となる。

歩合給は、昭和五四年九月二九日から一セツト当たり九〇〇〇円に増額されたので、収入額は一箇月当たり四一万八〇〇〇円(一二五万四〇〇〇円を三で除したもの)となつた。

そこで、損害は次のとおりとなる。

(1) 昭和五四年五月二九日から同年九月二〇日まで九五日間休業、夏期手当(四九万九九〇五円)

一七七万八六〇五円

(2) 同年九月二一日から昭和五六年八月二〇日まで七二一日間休業、夏期冬期手当(二四箇月分)

一三六五万〇四八五円

(3) 同年八月二一日から昭和五七年一月二〇日まで一五三日間休業、冬期手当(九一万六五四〇円)

三四七万四六八七円

(4) 同年一月二一日から同年四月一五日まで八六日間休業

一四三万八二七〇円

(5) 以上の合計額は二〇三四万二〇四七円となる。被告は、原告らから昭和五五年七月三〇日までの休業補償費の支払を受けたが、その金額は不明である。

(二) 治療費等

原告らは、昭和五五年一〇月二七日までの治療費等を支払つたが、被告は、そのほかに治療費、コルセツト代金、文書料、被害車修理費等として次のとおり支出した。

(1) 昭和五四年八月三一日から昭和五六年八月二〇日まで六万七四六八円(ただし、被告主張の七万〇四六八円は、被告主張の合計額と符合しないので、当初の主張額を採用する。)

(2) 同年八月二一日から昭和五七年一月二〇日まで

一万五四四四円

(3) 同年一月二一日から同年四月一五日まで

一万九九二一円

(4) 以上の合計額は一〇万二八三三円となる。

(三) 交通費

(1) 昭和五四年五月二九日から昭和五六年八月二〇日まで

八万二四一〇円

(2) 同年八月二一日から昭和五七年一月二〇日まで

七五六〇円

(3) 同年一月二一日から同年四月一五日まで

六六六〇円

(4) 以上の合計額は九万六六三〇円となる。

(四) 慰謝料

被告は、事故により休業を余儀なくされ、精神的苦痛を受けた。慰謝料は一日当たり五〇〇〇円が相当である。

(1) 昭和五四年五月二九日から昭和五六年八月二〇日まで

四〇八万円(八一六日休業)

(2) 同年八月二一日から昭和五七年一月二〇日まで

七六万五〇〇〇円(一五三日休業)

(3) 同年一月二一日から同年四月一五日まで

五二万五〇〇〇円(一〇五日休業)

(4) 以上の合計額は五三七万円となる。

(五) 以上(一)ないし(四)の合計額は二五九一万一五一〇円となる

5  損害の填補

被告は、原告らから治療費・休業補償費等として、既に三一六万二三二九円の支払を受けた。

したがつて、これを損害の一部弁済として充当すると、損害の残額は二二七四万九一八一円となる。

6  そこで、被告は、原告らに対し、損害金二二七四万九一八一円及びこれに対する不法行為の日の昭和五四年五月二八日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求める。

四  反訴請求の原因に対する原告らの答弁

1  1のうち事故状況の点を除き、その余の事実を認める。事故状況は前記一の1の(八)のとおりである。

2  2の事実を認める。

3  3のうち(一)ないし(三)の各事実を認めるが、その余の事実は知らない。

4  4の(一)ないし(四)の各損害額を否認する。

5  5のうち原告らが被告主張の金銭を支払つた事実を認めるが、その余の主張を争う。原告らは、被告に対し、そのほかに一〇五万一六〇〇円を支払つた。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

1  原告ら及び被告の各主張に係る日時及び場所において、原告石津芳孝運転の加害車が、信号待ちのため停止していた被告運転の被害車に後方から接近し、加害車の前部が被害車の後部に衝突して、被告が傷害を負つた事実は当事者間に争いがない。

2  成立に争いのない乙第一号証、第一五号証、被告本人尋問の結果(以下「被告の供述」ということがある。)により成立を認める乙第二四号証、原告石津及び被告の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  被告は、教材の販売業を営んでいたが、その業務内容は、学校・家庭等を訪問して注文を取り、商品を配達し、集金をするという形態のものであつた。

被告は、事故当日、被害車の助手席にアルバイトの学生訴外五島達久を同乗させてこれを運転し、事故の直前まで前方の赤信号に従つて道路上に一時停止していた。

(二)  原告石津は、当時原告東部レトルトフーズ株式会社の販売員をしていた者であり、加害車を運転して被害車に接近した際、約一〇メートル手前から一時停止の措置を講じたが、運転席の左足部付近に転がつていたコカコーラの空缶に気を取られて、停止措置を誤り、加害車を被害車に追突させた。

(三)  衝突直前の加害車の速度は遅いものであつたので、加害車のフオグランプが損壊し、被害車のリヤフエンダーが若干凹損した程度にとどまつた。

(四)  被告は、衝突時に腰部に痛みを感じたが、事故直後に被害車から降りて、原告石津との間で損害の賠償について折衝をなし、みずから電話を掛けて警察官を事故現場に呼び、警察官に事故状況を説明した後、みずから被害車を運転して坂戸中央病院に行つた。

(五)  被害車に同乗していた五島及び原告石津は、いずれも身体上に異常な影響を受けなかつた。

二  責任原因

被告主張の反訴請求の原因2の事実は当事者間に争いがなく、原告らに損害賠償責任があることは、原告らも認めている。

三  被告の治療状況

1  被告が、昭和五四年五月二八日、坂戸中央病院に通院して治療を受け、同月二九日から昭和五五年一月七日までの間に一七一日間、関口医院に通院して治療を受け、同月七日から同年一〇月二七日までの間、さきたま病院に通院して治療を受けた事実は当事者間に争いがない。

2  原本の存在及び成立に争いのない甲第六五号証によれば、被告は、昭和五四年五月二八日、坂戸中央病院(坂戸市本町二番一三号所在)において腰部のレントゲン写真撮影を受けたが、異常は認められず、それでも疼痛を訴えたので、担当医師は、腰部挫傷と診断して、対症的加療を施した事実を認めることができる。

3  被告の供述により成立を認める乙第五号証及び被告の供述によれば、被告は、昭和五四年五月二九日から関口医院(上尾市大字平方四四二二番地所在)に通院して治療を受けた事実を認めることができるが、関口医院における診断及び治療の内容等については、これを認めるに足りる証拠がない。

しかし、原本の存在及び成立に争いのない甲第一七ないし第六四号証及び被告の供述によれば、被告は、教材の販売業務のために、昭和五四年五月二九日、六月一日、二日、四日、七日、一四日、一五日、二〇日、二三日、二五日、二六日、二七日、二九日、三〇日、七月一日、三日、四日、五日、七日、八日、九日、一〇日、一二日、一八日に、比企郡都幾川村、同郡嵐山町、同郡小川町、同郡滑川村、東松山市東平、同市松山町、同市松葉町、同市美土里町、同市本町、同市神明町、同市材木町、同市柏崎、同市下野本、同市毛塚、上尾市西宮下、同市谷津、蕨市中央、浦和市田島の各地に出向いて、販売契約を結んだ事実を認めることができ、右の各地域が被告の自宅(上尾市小敷谷所在)から遠距離に所在することに照らせば、被告は、自動車を運転して右の販売業務を遂行したものと推認することができる。

4  成立に争いのない甲第一号証、乙第二号証、第二七号証(原本の存在も争いがない。)、被告の供述により成立を認める乙第四号証、証人藤野比呂志の証言及び被告の供述(ただし、次の認定に反する部分は他の証拠と対比して信用しないので、これを除く。)によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  被告は、昭和五五年一月六日ころ、加害車について損害保険事務を担当していた訴外日本火災海上保険株式会社(以下「日本火災海上保険」という。)の従業員訴外藤野比呂志に対し、関口医院から医療法人刀城会さきたま病院(大宮市日進町一丁目七一〇番地所在)へ転医する旨を連絡して、同月七日からさきたま病院に通院するようになつた。

(二)  さきたま病院の担当医師は、被告の傷病名を外傷性上肢・坐骨神経痛と診断し、被告は、昭和五五年三月一日から五月三一日までの間に三九日間、同年六月一日から八月三〇日までの間に五〇日間、などと通院して治療を受けた。

(三)  また、さきたま病院の担当医師は、被告が両上肢のしびれ感及び左下肢・腰部痛を訴えていたものの、レントゲン検査等において器質的病変が認められなかつたことなどから、被告の事故による傷害は昭和五五年三月三一日の時点において症状が固定したものと診断した。

(四)  日本火災海上保険は、従業員をさきたま病院に派遣して、担当医師から被告の病状等を聞き質した上、保険金をもつて被告の治療費等を支弁することを打ち切ることを決定し、昭和五五年一〇月二七日ころ藤野を通じて被告に対しその旨を通知した。

被告は、同月二七日をもつて、さきたま病院への通院を打ち切つた。

5  被告の供述により原本の存在及び成立を認める乙第三七号証及び被告の供述によれば、被告は、昭和五五年一一月二日から同年一二月一三日まで四二日間、急性肝炎及び結膜炎の傷病名で、大宮市医師会市民病院(大宮市宮原町二丁目一二五番地所在)に入院し、治療を受けた事実を認めることができる。

6  また、成立に争いのない乙第三号証、第四一号証(原本の存在も争いがない。)、被告の供述により成立を認める乙第四二号証、原本の存在及び成立を認める乙第四三号証並びに被告の供述によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  被告は、昭和五五年一二月一七日医療法人社団米寿会上尾中央総合病院(上尾市柏座一丁目一〇番一〇号所在)において診察を受け、変形性脊椎症・変形性頸椎症と診断されて(レントゲン検査の結果、変形性脊椎症の所見が認められた。)、同日から昭和五七年四月二七日までの間に二一三日間通院して治療を受け、また、昭和五六年二月一三日同病院において、左中心性網膜炎と診断されて、同日から昭和五七年五月一九日まで通院して治療を受けた。

(二)  被告は、昭和五六年九月二八日自動車を運転中、正面衝突の事故を起こして頸椎捻挫の傷害を負い、同日からは、その治療をも合わせて、上尾中央総合病院に通院していた。

四  事故と傷害との因果関係

1  前記一の2において認定した事実によれば、加害車が被害車に衝突したことによる衝撃の程度は、加害車の遅い速度、被害車の軽微な損傷、事故直後における被告の行動、同乗者の無傷等から見て、比較的に軽度のものであつたと認めるのが相当である。

2  前記三の3において認定した事実によれば、被告は、事故発生の日の翌日から自動車を運転して、頻繁に教材販売業務を遂行していたものと認めることができるものであつて、前記三の6において認定したように、被告が昭和五六年九月二八日に交通事故を起こした事実に照らせば、被告は、前記三の3において認定した最終日の昭和五四年七月一八日以降においても、自動車を運転しながら教材の販売業務を継続していたものと推認するのが相当である。

被告は、本人尋問において、事故発生の日の翌日からは、毎日欠かさず治療のため関口医院及びさきたま病院に通院し、その間稼働しなかつたと供述しているが、被告の右の供述は、前記の事実認定に採用した各証拠と対比して信用することができない。

3  前記甲第四一号証及び乙第一号証によれば、レントゲン検査上、被告の第四、第五頸椎等に変形性頸椎症(又は変形性脊椎症)が認められるというのであるが、前記乙第二七号証によれば、レントゲン検査等において器質的病変が認められないというのであつて、甲第一号証に照らしても、変形性頸椎症と事故との間に因果関係があるか否かについては判然としないものというほかない。

4  前記三の5において認定したように、被告は、急性肝炎及び結膜炎の治療のために大宮市医師会市民病院に入院したのであり、前記乙第三七号証及び被告の供述によつては、右の傷害と事故との間に因果関係があると認めるのに十分でなく、前記乙第四二号証によれば、前記三の6の(一)において認定した左中心性網膜炎及びこれに起因する被告の自覚的変視症が事故によつて生じたものと判定することは困難である事実を認めることができる。

5  そこで、以上のような事情に照らし、前記三の4の(三)において認定したように、被告の事故による傷害は、昭和五五年三月三一日をもつて症状が固定したものと認めるのが相当である。

五  被告の損害

1  休業補償費

(一)  被告の供述により成立を認める乙第一六号証の一ないし三及び被告の供述によれば、被告は、教材販売業務により、昭和五四年三月分として三八万四四〇〇円、同年四月分として二九万〇八〇〇円、同年五月分として三三万四〇〇〇円の各収入を得た事実を認めることができ、また、乙第一六号証の一ないし三、被告の供述により成立を認める乙第一八号証及び被告の供述によれば、被告の収入額は、昭和五四年九月二九日以降、歩合給について従前の一セツト当たり七二〇〇円から九〇〇〇円に、ガソリン手当について従前の一箇月当たり一律一万円から二〇セツト以上五〇〇〇円、三〇セツト以上一万円、四〇セツト以上二万円に、それぞれ増額された事実を認めることができる。

(二)  被告は、昭和五四年五月二九日から毎日休業したと主張し、本人尋問において、右の主張に符合する供述をしているが、被告の右の供述は前記甲第一七ないし第六四号証と対比しても信用することができず、被告が事故による受傷及びその治療のために何日間休業したのか、その日数を的確に認定するに足りる証拠はない。

なお、被告の事故による傷害は昭和五五年三月三一日をもつて症状が固定したのであるから、後記認定のように、原告らにおいて、被告が同年一〇月二七日まで治療を継続することを容認したことを考慮に入れても、同年一〇月二八日以降における被告の休業による損害は、事故との間に因果関係がないものと見るのが相当である。

(三)  被告は、原告らから昭和五五年七月三〇日までの休業補償費の支払を受けたことを認めている。そして、成立に争いのない甲第二ないし第四号証及び証人藤野比呂志の証言によれば、原告らは、日本火災海上保険を通じて、被告に対し、昭和五四年八月七日から昭和五六年三月二三日までの間に一一回にわたつて、休業補償費として合計二九九万二二六九円を支払つた事実を認めることができ、成立に争いのない甲第一六号証によれば、原告会社は、昭和五四年七月三〇日被告に対し、休業補償費として一五万円を支払つた事実を認めることができる。

(四)  (三)の原告らの支払額は合計三一四万二二六九円であるが、支払の対象とされた被告の休業期間については、これを認めるに足りる証拠がない。

前記(一)の事故前三箇月における被告の収入額は、これを平均すると、一箇月当たり三三万六四〇〇円であるから、三一四万二二六九円では約九・三箇月分となる。したがつて、被告の被つた傷害の程度と対比すれば、原告らの支払額は被告に対する休業補償費として十分なものであつたと認めるのが相当である。

すなわち、昭和五五年一〇月二七日までの休業損害については、すべて弁済により填補されたものというべきであり、原告らの既払額を超える休業補償費の支払を求める被告の請求は、不当なものというべきである。

2  治療費等

(一)  被告は、原告らから坂戸中央病院、関口医院及びさきたま病院における治療費等の支払を受けた事実を認めている。

前記甲第三、第四号証、成立に争いのない甲第一一号証、第一五号証及び証人藤野比呂志の証言によれば、原告らは、日本火災海上保険を通じて、被告の治療費として、関口医院に対し五九万四〇〇〇円、さきたま病院に対し四五万二六〇〇円をそれぞれ支払つた事実を認めることができる。

(二)  被告の供述により成立を認める乙第五号証、第七号証、第九号証、第一四号証、第二〇号証、第二三号証(原本の存在も認める。)及び被告の供述によれば、被告は、事故により次のような損害を受け、その損害は事故との間に相当因果関係があると認めることができる。

支払年月日 項目 支払額(円)

五四年五月三〇日 さらし代金 一、九〇〇

同年八月三一日 事故証明書料 五〇〇

同年一二月八日 診断書料 三、〇〇〇

五五年一月二六日 コルセツト代金 一三、九〇〇

同年四月一日 治療費 三、二一〇

五六年七月三一日 診断書料 二、〇〇〇

右の合計額は二万四五一〇円である。

(三)  前記甲第三、第四号証によれば、原告らは、日本火災海上保険を通じて、被告に対し、文書料その他として、合計一万八九〇〇円を支払つた事実を認めることができるが、被告の供述によれば、前記(二)の各損害は、右の支払額によつては填補されなかつた事実を認めることができる。

(四)  前記乙第二四号証及び被告の供述によれば、被告は、昭和五四年五月三〇日訴外有限会社吉沢モータースに依頼して、被害車の修理費用を見積つてもらつたが(見積額一万八六〇〇円)、被告は、その修理をしなかつた事実を認めることができる。

しかし、被害車は現実に損傷を受けたのであるから、その修理に必要な費用はこれを現実に発生した損害と見るのが相当であり、右の見積額一万八六〇〇円はすべて事故との間に相当因果関係があると認めることができる。

(五)  被告の供述により成立を認める乙第六号証、第八号証、第一〇、第一一号証、第一九号証、第二一、第二二号証及び被告の供述によれば、(1)事故の際被害車に同乗していた五島達久が昭和五四年五月二八日アルバイトの家庭教師を休んだこと、(2)被告が同年一〇月二六日自宅から大宮日本赤十字社病院までタクシーに乗り、タクシー代五七六〇円を支払つたこと、(3)被告が昭和五五年五月九日関耳鼻咽喉科医院で治療を受け、治療費一八八〇円を支払つたこと、(4)被告が同月一〇日同医院で治療を受け、治療費三三〇円を支払つたこと、(5)被告が同月一〇日大宮中央総合病院耳鼻咽喉科で治療を受け、治療費一一六〇円を支払つたこと、(6)被告が同月一二日同病院脳外科で診察を受け、診察料五二六〇円を支払つたこと、以上の事実を認めることができる。

しかし、被告の右の支払額が事故との間に相当因果関係があることを肯認させるに足りる証拠はないから、右の支払額については、いずれもこれを事故による損害と認めることはできないものというほかない。

(六)  前記甲第一号証、乙第二号証、第四号証、第一七号証、第二七号証、証人藤野比呂志の証言及び被告の供述によれば、次の事実を認めることができる。

(1) さきたま病院の担当医師は、被告の事故による傷害が昭和五五年三月三一日をもつて症状固定したと診断した。

(2) 日本火災海上保険は、そのころさきたま病院の担当医師から事情を聴取して、被告の症状が固定し、それ以上の治療効果を期待し得ない状態に達したことを知つた。

(3) しかし、被告がそのころさきたま病院に対し、治療を継続する必要があると強硬に申し入れ、さきたま病院が日本火災海上保険に対しその旨を連絡したので、日本火災海上保険は、従前どおり損害保険金をもつてさきたま病院に対する治療費等を支弁するのもやむを得ないものと決定し、そのころさきたま病院に対し、従前どおり保険金をもつて治療費等を支払うから、被告に対する治療を暫くの間継続してほしいと回答した。

(4) ところが、被告は、三日に一回ないし二日に一回の割合で通院治療を継続し、みずからの意思で通院治療を打ち切るような態度を見せなかつたので、日本火災海上保険は、同年一〇月に至つて、改めて被告の症状等を調査し、その結果治療の継続が必要でないものと判断して、同月二七日ころその旨を被告及びさきたま病院に対し通知した。そのため被告は、同月二七日をもつてさきたま病院における通院治療を打ち切つた。

(七)  したがつて、原告らは、被告に対し、さきたま病院における通院治療の継続を容認し、それに要する治療費等を負担することを約定したものと見ることができるから、前記(一)において認定した治療費等を賠償すべき義務を負つたものというべきである。

しかし、その後において被告が大宮市医師会市民病院及び上尾中央総合病院に入院又は通院して治療を受けたことによつて生じた治療費等については、前記四において説示したように、事故との間に相当因果関係があると認めることができないのであるから、原告らはその賠償義務がないものというほかない。

3  交通費

(一)  被告は、昭和五四年五月二九日から昭和五六年八月二〇日までの交通費として八万二四一〇円を支払つたと主張するのであるが、証拠としては前記乙第一九号証を提出しているにとどまる。

(二)  前記甲第三、第四号証によれば、原告らは、日本火災海上保険を通じて、被告に対し、交通費(通院費)として、昭和五五年三月一八日に二四二〇円、同年五月一二日に三七四〇円をそれぞれ支払つた事実を認めることができる。

(三)  乙第一九号証に記載されたタクシー代が事故との間に相当因果関係があると認めることができないことは、前記3の(五)において説示したとおりであり、弁論の全趣旨によれば、事故との間に相当因果関係を認めることのできる交通費は、前記(二)の支払額によつて、すべて填補されたものと認めるのが相当である。

4  慰謝料

これまでに認定した事故発生の状況、事故による被告の傷害の程度、被告の通院治療の状況、被告の教材販売業務遂行の状況、損害の一部填補の状況等を考慮すれば、事故によつて生じた被告の精神的苦痛を慰謝するには、七〇万円を賠償させることをもつて十分であると認めるのが相当である。

被告は、休業を余儀なくされたことにより、一日当たり五〇〇〇円の慰謝料が相当であると主張するが、そのように認めるべき合理的根拠も見当たらないので、被告の主張をそのまま採用することはできない。

5  損害の残額

原告らが被告に対し既払額のほかに賠償すべき損害額は次のとおりである。

(一)  2の(二)の治療費等 二万四五一〇円

(二)  2の(四)の修理費用 一万八六〇〇円

(三)  4の慰謝料 七〇万円

右の合計額は七四万三一一〇円である。

六  本訴請求の当否

1  原告らの本訴請求の趣旨は、被告との間において、事故によつて生じた損害賠償債務が七〇万円及びこれに対する遅延損害金を超えて存在しないことの確認を求めるというのであるから、それは、被告の主張する損害額二二七四万九一八一円と原告らの自認する損害額七〇万円との差額に当たる二二〇四万九一八一円の損害賠償債務が存在しないことの確認を求めるものにほかならないと解するのが相当であり、したがつて、本訴請求の審判の対象物(原告らの申立ての範囲)は、二二〇四万九一八一円の債務の不存在の確認であるということができる。

2  前記二及び五において認定したように、原告らは、被告に対し、事故による損害賠償として七四万三一一〇円及びこれに対する不法行為の日の昭和五四年五月二八日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うべき債務を負つている。

3  したがつて、原告らの本訴請求のうち二二〇〇万六〇七一円の債務の不存在の確認を求める部分は正当であるから、これを認容すべきであるが、その余は不当であるから、これを棄却すべきである。

七  反訴請求の当否

前記六の2において説示したとおりであるから、被告の反訴請求は、原告ら各自に対し、損害金七四万三一一〇円及びこれに対する昭和五四年五月二八日から完済に至るまでの年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当であり、これを認容すべきであるが、その余は不当であつて、これを棄却すべきである。

八  以上のとおりであるから、本訴及び反訴において生じた訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条ただし書を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤一隆)

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